包丁+薔薇 = 賽子
2025.08.03-08.09
08.03(日)
昼。
友人のアーティストが展示をやっているので、箱根のNへ。
昨年の展示は別の友人と妻と、平日の昼間に車で行ったのだが、今年は娘も連れて行くので、箱根登山鉄道という、イカした名前の汽車に乗りGO。
というのも、彼女は重度の乗り物酔い、それも車×山道の組み合わせにめっぽう弱く、何度かタクシーで(それも超優良級のドライバーのスムースな走行で)、箱根の山にトライしたことがあるのだが、そのたびに
「嗚呼ああああ、きもちわるいいいいいい、嗚呼嗚呼嗚呼」
という、涙ぐましいお声をあげられる、というか、実際に泣いてしまうことが多々あったので、今回はトレインにて向かう。
標高500メートル近い山の中腹まで、「スイッチ・バック」という聞き慣れない、ターン走法を駆使しながら、目的地まで進む登山鉄道。なにせ名前が良いよね、鉄道なのに登山。登山する鉄道。真夏の緑碧した山の中に、人類が知恵と工夫でゴリゴリに通してきた鉄道、130年間現役で使っている鉄橋、などを味わいながら、度重なるスイッチ・バックの果てに、たどり着いた展示で、わたしはおニューのネックレス、妻はワンピースを購入。娘はソフトクリームを食べた。
帰りの鉄道内。もはや娘もスイッチ・バックについて理解を深めており、
「つぎは、また反対方向に、電車は動きますね」
などと、したり顔で話している。
絶妙に声に出したくなる日本語、スイッチ・バック。
08.04(月)
夜。
ひさしぶりにジビエ料理の店、Rにて熊肉を塩胡椒で炒めたソテーなどを召し上がる。娘は動物界でゾウを推しており、これは物心つくか、つかないかの時点から一貫しているのだが、同じくらい一貫して嫌いというのはクマ(ベアー)。ぬいぐるみになっているものは許すというか、なんなら小さい頃は茶色いテディベアの相棒に「みどり」という名前をつけて、愛玩していたのだけれど、リアル熊は本当に嫌ということで、その肉を食べることができるのだろうか?と思っていたが、なんのことはなくペロッとひと切れ食べてしまい
「おいしい」
と言っていた。熊食デビューの6歳児。
わたしは、その昔、いまの娘と同じくらいの年齢だったかもしれないが、阿寒湖周辺の山荘に家族で旅行に行ったことがあった。宿までの山道、助手席にいる父のナビゲーションと運転席にいる母のドライビングがうまくコンビネーションできず、車内は一気に険悪ムード。後部座席の幼いわたしと、さらに幼い妹は、正直もう自宅へ帰りたかったのだが、そんな雰囲気の中、予定チェックイン時刻を大幅に遅れて到着したうらぶれた、山荘。夕食時間はすでに終わっていて、誰も宿泊客のいない食堂で、我々家族の分の食事だけが、ひっそりとラップをかけて置かれており、そのメイン料理が、忘れもしない「ヒグマ肉の煮込み」であった。
煮込みはすっかり冷えてガチガチになっている。道中のいろんな想いが去来する中、その筋張った熊の煮込みを、家族全員無言で食べた。そんな想い出を思い出しながら、今夜は美味しい熊の肉を噛みしめる。気がづくと隣にいた娘は、昆布とかを食べていた。
08.05(火)
酷暑。
40度近辺の気温がこんなにバンバン発生する国土だったのか、ジャパンは。
動物園に行こう、と娘と計画していたけれど、さすがに途中でぶっ倒れるかもしれないと思い、キャンセル。というか、いくらサバンナ出身のやつらでも、今日は檻の中で動かないのでは?
予定を変更して、ボウリングへ。娘は、はじめてのボウリング場であり、なんか保育園時代にお祭りのイベントで、手作りのボウリングをしたことがあるらしいのだが、その際にあまりうまく倒せなかったのだろう、
「ボウリング、苦手なのよぉぉ」
と言っていた。
ボウリング得意勢の妻も合流して三名で到着したボウリング会場。
すでに娘の顔は、不安とやりたくないで埋め尽くされており、先日のプール会場を思い出す我々だったが、レンタル靴に履き替えて、ゲームが始まると、意外と楽しかったのだろう、ピンが倒れるたびにピョンピョン飛び跳ねて、笑顔。楽しそうであった。ボウリング得意勢の妻は、実にひさしぶりのボウリングのせいなのか、はたまた、この何年間で筋トレに目覚めてしまい、肩に筋肉がつきすぎたせいなのか、ぜんぜん往時の実力を発揮できておらず、悔しい表情。
わたしの方は、精一杯がんばったが、娘より少し良いくらいのスコアであった。
08.06(水)
午前。
二階の店主夫婦の娘が、自宅に遊びに来る。うちの人のほうが二歳ばかり歳上なので、少しだけお姉さんの顔をして遊んでいる。わたしは小学校の頃、夏休みは母方の祖母家がある函館に一ヶ月近く滞在していたので、ひたすら函館にいる従兄弟やハトコと遊んでいたし、実妹もいたので、話し相手や遊び相手に困った経験というのが無い。むしろ様々な利害関係のある子どもたち、親戚たちの中でどのように立ち振る舞うのか、が一大事であり(たとえば、父方の親戚衆で喜ばれるような態度・言動が、ここでは180度違う反応をされる)、人間というか大人の多様性について学んだような気がする。ともあれ、娘はひとりっ子でまだ親しくしているご学友もおらず、夏休み開始から3週間、ほぼぶっ通しでパパ・ママとしか接していないので、非常に楽しそうにお姉ちゃんをやっている。
「ほんとは二人で遊びたいことがいっぱいあるのだが、パパもママもなかなかやってくれないので、今日は楽しい」
的なことを、述べられており、パパもママも毎日きみとけっこう遊んでいるほうだとは思うんだけど、と喉元まで出かかったが、とにかく、楽しそうで良かった。
5時間半くらいぶっ通しで遊んで、お迎えが来る。たしかに5時間半ぶっ通しで遊んであげられないよな、とも思った。
帰り際、彼女の方も名残惜しそうに、まだやりたかったことがたくさんあるらしい。またおいで。
外気は39.6度を記録。夏の想い出。
08.07(木)
久々の曇り空。雨こそ降らないが、太陽の主張が抑えられるだけで、ここ数日ではもっとも過ごしやすい。
昨日の夜に、娘用の新しい布団が届き、非常に快適な睡眠を取られたということだったのだが、布団のサイズも大きくなり、これまで3つの布団を並べて寝ていた我が家の寝室ではちょっとキャパオーバーということになった。
店舗営業の夜など、最近は自分の部屋でわたしが寝ることも多かったので、これを機に、寝室ではママと娘、パパは自部屋で寝ることにしたのだが、
今夜はママが外出の日。
そういう日は、彼女いわく
「パパとずっと寝られないのは寂しいとも思うので、ママがいない日はたまにはパパと寝ます」
という約定が昨夜交わされており、今夜は早速そういう日だった。
今までの布団は4歳くらい?から使っていたキッズ用なので、改めて大人と同じようなサイズの布団に寝ている娘のサイズ感を見て、「ハードとしての成長」をまじまじと感じる。布団と身体のサイズ的な違和感が無い。
妻が外出で、娘とふたりで寝ているときは、いろんな話が盛り上がってしまい、
「パパが隣だと、寝れない」
と、クレームをつけられるのだが、こちらとしては知ったことではない。親と(とくに父親と)布団を並べて寝ることはどんどん少なくなってくるからね、いまのうちにキャッキャキャッキャしときたいよね。
08.08(金)
昨日に比べてまた一段と涼しい。まあ、30度は超えているので、涼しくはないか。この世の評価はすべて相対的なものである。
涼しいと感じてしまったので、ひさしぶりに隣の隣の町くらいまで歩いてランチを食べに行ってしまった。実際のところ途中までは余裕綽々で「歩行こそ二足歩行動物としての基本、すべての不調が改善、人は猿、人は猿」と、ひとり大声で呟きながら歩いていたのだけど、目的地周辺に入った瞬間、突如として風が止み、ジリジリと照りつける灼熱に目眩。そして、カレーを食べた。身体から香り立つ大量の汗とスパイスの匂い。
夜は無駄。
先週にひき続き、夏休みらしくお子さん連れのお客さんや、ご新規さんも交えたハートウォーミングな夜。オープンからラストまで徒然に人の出入りがあり、盛り上がりました。
終業後、飯を食い、深夜2時半ごろに帰宅すると、いつもは寝ているはずの妻がリビングに電気をつけて起きている。何事ですか、と尋ねると
「最近どっぷりとハマってしまった若手俳優が出演しているドラマが、深夜に放送だったので、21時に娘とともに就寝。24時に起床してリアルタイムで観覧。その後、配信にて現在3周目を観ているところ」
とのこと。
好きこそモノの上手なれ。
08.09(土)
午前中から妻と娘が妻方の実家へ帰省し、今日から二泊は一人暮らし。二泊も一人暮らし。下腹の底の方から喉元にかけて、喜びがせり上がってくる。
夜はひょんなことから依頼を受けた、インバウンド観光客向けの芸者会席のアテンドというか立会いがあったので、ダラダラと近所で過ごし、ひさしぶりに馴染みの古着屋に顔を出したりする。服というのも、レコード、本、ポマード、パイプなどと同じで放っておくと増える。エントロピー増大の法則は宇宙を統べる。ひさしぶりだったので、良いものと出会ってしまい、シャツ、バギーパンツ、メガネなどを購入。
夜の会席は、メキシコ、コロンビアから10名来て、湯元芸者の踊りと、会場にしたUの料理を堪能。非常に楽しんで帰っていた。宮小路の中心でアディオス・アミーゴと叫ぶ夜。二階のSにて二次会。芸者さんたちも楽しんで帰ってくれて何よりであった。
自分の店の開店日が少ないので、無職だと思われがちだが(そして実際ほとんどそうなのだが)、こういう直接的・短期的な収入につながらないような仕事が多々あって、わたしの感覚ではこういうのも(というか、むしろこういったジャンルのほうが)、仕事という気がしている。例えば15年前のように、決まった日付に自動的に振り込まれる僅かばかりの月給のために、毎朝アラームをかけ、無理やり起きて出社する(俺的健康統計ではこれが心身に最も悪)のにも関わらず、夕刻は終業のベルをひたすら待つような時間よりは、ずっと仕事という感じがしている。
充実感とともに帰宅。パイプなどをくゆらせ、チル。深夜四時。それとなく待っているのだが、今夜はまだ、今のところ、娘からのテレビ電話がかかってこない。
BRAKE ON THROUGH TO THE OTHERSIDE.