純喫茶ゴーゴー
2026.1.11-1.17
1.11(日)
東京へ。
大正レトロ愛好家の友人I嬢が、行きつけである浅草のH堂という店を案内してくれるということで、前泊しに五反田へ。およそ12年間くらいの東京時代、いろんなところに住み、遊んだが、縁が重なり家族を持った後、最後の居は五反田であった。その前は中野。そして中野から毎週末、いまの妻である彼女の家(入谷・浅草付近)に通っていた。そしてこの夜、偶然、中野でDJイベントのJOJOJOがあり、買い物などいろいろな用事を済ませたあと、時間が間に合いそうだったので顔を出すことが出来た。
中野、五反田、(翌日は)浅草、入谷と、なぜか東京時代の思い出の地を巡るツアーみたいになっていて、ノスタルジア。小田原の温暖な冬に慣れてしまうと、この町は、相変わらず、消えてしまいたくなる、寒さ。
1.12(月)
午前中から浅草へ。
成人の日ということもあり、さすが浅草。晴れ着姿の若人がたくさんいた。若人だけじゃなくて、和装が多い。さすが浅草。外国人観光客も、石油でできているペラペラした観光客用の和装を着て、寒寒しく歩いている。全体的に、恐ろしく人が出ており、雷門。にぎやかでハッピーな感じ。
I嬢とO君夫妻と待ち合わせをして、H堂へ。
狂っていた。
店主も店自体もタイムリープを通り越して、正統に狂っていて、わたしも自分の店、というか「無駄」というアカウント自体を自分の守護霊、分身、スタンドだと思っているけれど、H堂というスタンドは、本体である店主と、かなりの密結合状態になっており、本体にスタンドが憑依している感じであった。事実、店主は、よく喋るとても感じの良い人なのだけれど、「店の中だと元気なのだが、一歩外に出ると、こうはいかない。人と話せない」と述べていた。常軌がバーン。
妻へレトロなショール、娘に麦わら帽子型のブローチ、自分用にループ・タイを買う。
年内に、あと5回は行きたい。
帰り道すがら、昔、妻とよく行っていた回らない回転寿司屋N海に二人を案内し、ノスタルジック寿司タイム。大将はじめ、スタッフが、昔と比べるとほんのり歳を取りながら、変わらぬメンツでお送りしていて、興奮した。
1.13(火)
2日間遊んだので、疲れてしまった。おうちでダラダラ過ごそうかなと思った。なぜなら、外は信じられないくらい強い風が吹いているから。
だが、やらねばならない、役所関連への書類提出など、娑婆の仕事がいくつかあり、吊るされたマリオネットのような動きで、虚ろな目をしながら、手を動かす。妻と昼飯を食べにSへ。洒落たサンドイッチとカボチャのジェラートを食べ、帰路、強風に顔をそむけようとした瞬間、首を捻ってしまう。痛い。起きながらにして寝違えることがあるのだろうか、と思うが、こうして現に、真っ昼間に歩いているだけで、首を痛めてしまう人がいるのだ。
娘が下校。壊れたマリオネットのようにぎこちなく首を動かすわたしを、少し小馬鹿にしながら心配してくれる。夕方、ハリQへ行き、少し良くなる。
晩御飯は水炊き。寝る前、首に気を使いながら、絵を描く。良い感じ。
1.14(水)
午後から無駄絵画教室。今日は新規の生徒としてTの店主が来ていたので、わたしと娘もいれて5名でお送りした。このくらいの人数がいると、教室っぽい。即興60分で小さいスクエア型のキャンバス用紙に、かわいい小悪魔ちゃんを描けた。Tの店主は初絵画なのに、キャンバスに闇の深い夜の絵を描いていた。娘はフルーツの盛り合わせを描いていた。時価のやつ。
その後、レディオの収録を行い、家族でOで晩ごはんを食べて帰宅。妻は夜バイトの日だったので、首も痛いし、早めに寝ました。
1.15(木)
首の調子がだいぶ良い。
来月発売の詩集まで、いよいよ一ヶ月を切ってきたので、データ入稿などが終わり、いよいよ営業や広報を展開。自分が本を出すときに、まさか一発目が「詩集」だとは思わなかったので、何がどう転んで誰がどこを評価してくれるのかは、本当に未知数。自分が良いと思うもの、納得できるものを、恥ずかしげもなく、作り続けていくしかないわね、と本当にそう、肝の芯で思う。
娘をピアノに連れて行く。いろんなことがあっても、ピアノは楽しいらしく、昨年末に買ってあげた自宅のピアノも、一日何回も練習したり遊んだりしている。わたしも幼少期を思い出して、毎日触っており、ちょっとだけ弾けるようになってきて、楽しい。絵も音楽も娘と同じ創作活動を、一緒にやっていて、親子なのだけれど、同門の同士という感じがするときがある。
晩御飯は常夜鍋。ほうれん草をたくさん食べた。
1.16(金)
夜は無駄。
冬休み明けて、1月レギュラー営業は初だったのだけれど、入から終まで満員御礼で、通常営業では過去最高にもう少しで迫る動員数であった。新規や飲み放題のお客さんがたくさんいたのもあり、酒をたくさん作り、大声で喋り、レコード何枚もかけ、エレクトリック・ギターを弾き、歌った。無駄らしい労働。
スネークマン・ショーのレコードを一人でかけながら、片付けが終わったのが1時半。Uにて裏の裏メニューであるたらこパスタを食べて、Sでパイプを一服して、帰る。深夜3時。すっかり夜の民として生きている。夜霧よ、今夜も、ありがとう。
1.17(土)
娘が朝からあまり上機嫌ではなく、事あるごとに突っかかってくる。7歳で、すでに、女性っぽいそういう機嫌の上下があるので、子どもというよりは、ひとりの女として接しているのだけれど、そうすると我が家にはもう一人成人した女がいるので、とくに無駄営業明けの土曜は、こちらも疲れていて余裕がなく、すり減りがち。くっついたり、離れたり、怒ったり、ふざけたりしながら、夕ごはん時にはなんとなく3人共良い感じの雰囲気になり、楽しい夕飯だった。Yマサで、牡蠣やムール貝が格安で売られていたので、酒蒸しにして、ひさしぶりに自宅で白ワインを2杯飲んだら、酔った。
娘が寝ているそばで、絵を描いて、良い感じのができる。満足して就寝。
首の調子もだいぶ良い。
BRAKE ON THROUGH TO THE OTHERSIDE.