病床ロックシャック

2025.05.25-05.31


05.25(日)

風邪、いまだ回復せず。
一日中、床に臥せる。
とこふせ。

風邪のときはどれだけ眠っても、布団でゴロゴロしていると何度も寝てしまう。
逆にいえば、そういう状態が続いているときは、まだ回復していないのだろう。

夜半、布団に横になりながら本を読むなどする。
なんら活動らしい活動をしていない日の夜は、どこか一日をやり残した気がして、必要もないのにSNSなどを見がちだが、ひさしぶりに丸2日もダラダラ休めていると思えば、これも天の定めし強制休暇なのかもしれん。

05.26(月)

そろそろ社会復帰でも、という感じで無精ヒゲを剃り、妻を伴い、カレーを食べに外出する昼。満腹食べてごきげんだったが、帰宅後、まだ本調子じゃないと身体が訴えかけてくるので、寝る。

小一時間寝て、だいぶ体調は回復してきたが、今度は帰宅後の娘が何やらまた癇癪を起こしている。幼児の頃、とんでもないボリュームで永遠に泣きじゃくるのもしんどかったが、彼女なりの理屈をこねて、真っ向から人の嫌がるセリフを撒き散らしてくるのも、しんどい。頭の回転も早い子なので、思春期・反抗期は大変かもしれぬ、と10年後くらいの心配をしていたのだが、ぜんぜん甘かった。

もう、来た。
すぐ、来た。
光のはやさで。

6歳でもう、反抗期ってくるの?と、AIに相談しながら、対応。
すでに、2ヶ月くらい前が懐かしい。

05.27(火)

ようやく、身体が戻ってきた。
まだ喉の痛み、口内炎などは残っているけれど、動ける。

自部屋で布団を快適に敷くために少し模様替え。
デッドスペースだったところが消え、新しい空間が生まれた。
夜は布団に寝転びながら映画を見られる始末。

ネットフリックス限定の攻殻機動隊を見る。

05.28(水)

午後から、娘と絵画教室、ラジオ収録、昔の友人が東京から来訪→一緒に食事、と連続した予定。

『所ジョージは、歳を重ねた男が狂わずに生きるための、福音である』という格言が生まれた良い夜。趣味とは救済だ。

病み上がりなので0時をまたぐ前に帰宅し、ネットフリックスも見ずにグッスリ眠った。

05.29(木)

6歳の積み木崩しギャルは、今日も全力で「NO!」を突きつけてくる。

ジョニー・ロットンにでもかぶれているのだろうか。こちらの提案・声掛けに対して、端から聞く耳を持たずに否定を繰り返す女。地雷がどこに埋まってるのかまったくわからないので、おそるおそるのコミュニケーションになってしまう。

「家庭内野党」みたいな強硬さで、あらゆる協議が成り立たない。
内容云々はもはやこの際、彼女にとっては関係なく、とにかく「NO!」「NO!」という具合で、心のプラカードを高らかに掲げて、わめき散らかすのだ。デモ隊かな?

と、思ったのも束の間。

どんなキッカケがあるのか知らぬが、突然ケラケラ笑い出し、ペタペタと柔らかな感じで擦り寄り、甘えてくるから始末に負えない。こちらの心が、全然ついていかない。

ノー・フューチャー・フォー・ミー。

05.30(金)

今日はパパと大喧嘩のジョン・娘・ライドン。
喧嘩というか、すさまじき剣幕で一方的になじられたので、ふつうに傷つき、15時前に家出。ハートブレイクを慰めてもらいにPで遅めの昼食。ルーローハンと中国茶が染みる。

そのまま夜は5月最後の無駄営業。
比較的ゆったりの夜であった。

5月はめずらしく町のお祭りもあってトータル9日も営業した。
来てくれた皆さんありがとう。

05.31(土)

朝から絶好調に、ご機嫌Goodな娘。

世界で配信されているドラえもん1000話+映画版数本を何周かしてしまったらしく、さすがに飽きたのか、朝から延々と「コジコジ」を観ている。「コジコジ」については、わたしもかなりの通ではあるので、一緒に仲良く笑って観るなどして過ごす。やはり平日のスクールライフというやつが、慣れないのだろうか。休日は昨日までの数日間と、うって変わって穏やかな生き物なのだ。

夜、お風呂一緒に入る?の誘いには、「ひとりで入ります」とのこと。

風邪からはじまり、反抗期の子に翻弄されている1週間であった。
いろいろなことが、落ち着くことを祈って。

BRAKE ON THROUGH TO THE OTHERSIDE.

Read more

デリシャス★ゴージャス

2025.10.19-10.25 10.19(日) 20年間といえば、赤子が成人するまでの年月であり、自分の人生においての体感としても、それ相応の時間(ヴォリューム的な)だと思うのだけど、20年前に横浜の外れにある大学で知り合った友人夫婦と、未だに親しく付き合いがあり、今日は、家族で来訪。家族での小田原来訪も、すでに10回を超える。 わたしが19歳、彼女が18歳のときに出会ってから、その一年後に将来の旦那となる後輩が入学しており、バンドをやったり恋愛したり酒を呑んだり酒に呑まれたりした、いわゆる「青春」がそこにあった。 その後、わたしが暗黒の20代を過ごしている間に、なんの因果か、ふたりは結ばれ、わたしも紆余曲折ありながら、今の妻と出会い結婚し、娘が生まれたのが同じ年。0歳の頃から、ときたま一緒に遊ばせ、毎年交流を重ねてきたので、娘同士も非常に仲が良い。 我が家は親戚づきあいがあまりなく、娘は従兄弟的な人もいないのだけれど、向こうの娘がそういう立場で、「東京に住んでいるHちゃん」「小田原に住んでいるRちゃん」という、互いに良い距離感の友人みたいになっている。 夕飯にイナダ

サイボーグは古傷を隠す

2025.10.12-10.19 10.12(日) 夜。 先月、無駄で開催してくれたビッグなラヂオDJ3名によるDJイベント「JOJOJO」が、今月は東京・新橋で開催されるということで、遊びに行く。 新橋・銀座エリアというのは、わたしが20代の9割以上を「溶かした」思い出の魔都であり、お店へ行く途中、路地の、通りの、交差点の、至るところに断片化した記憶が染み付いている。 会うのは先月ぶりなのだが、DJ陣には「行きます!」とも言ってなかったので、3人共、突然の訪問にとても喜んでくれた。この日はDJの一人であるジョージ・ウィリアムズがバースデイ当日ということもあり、誕生日祝の会も兼ねていた。 相変わらず、選曲も喋りもお客のノリも最高の空間で、ピースフルかつハートウォーミングなイベントで、まるっと3時間くらい盛り上がったのだが、本日、ジョージ・ウィリアムズのラストナンバーというタイミングで、なんとわたしのアナログレコードがプレイされる。わたしが、2月にリリースした曲、そのイントロ、ギター・リフがフロアに響き渡る。 それだけでも大興奮だったのだけれど、そのまま、

幸い通りの魔術師

2025.10.05-10.11 10.05(日) 昼。 町のいたるところで、同時多発的にいろんなお祭りやら外呑みやらイベントが行われている日曜日。すべてのイベントを横目にみながら宇崎竜童のコンサートへ。徒歩圏内にコンサートホールがあるのも贅沢なこと。最近は「お、これは」という催し物がちょこちょことあるので、嬉しい限りである。 会場は先日の芸者イベント同様、ここも「笑点のオープニング」と同じ感じの年齢層で固められていて、吉幾三ではないが「まったく若ぇもんはオレひとり」というような状況であった。ホール全体にナフタレンっぽい匂いがした。それもそのはず、竜童翁は来年2月で80歳。よく声は出ていたし、何よりパワー系のギターが格好良かった。提供曲のセルフカバーの他、ダウンタウンブギウギバンドの曲もたくさん演り、「ダウンタウンといえば浜田・松本ではなく、和田・宇崎である」わたしにとって、とても良いライブだった。 夜。 餃子を包みたいという娘の要望で、餃子を包むが、いつの間にか、わたしよりもよっぽど上手になっていて、彼女からの注意を受けながら、3つくらい包む。軽く餃子を食べたあと、風呂

蒙昧フローラ

2025.09.28-10.04 09.28(日) 想像の3倍くらいダラダラして過ごす。娘もそういう気分だったのか、そればかりは、わたしにもわからないのだが、終始パジャマでiPadを観ながらソファでだらけている。ぼくも、起きたり寝たり、布団を上げて、また少し本を読んで、そのへんのドーナツを食べて、また布団を敷いて寝たりしていた。妻だけが外出用の服に着替えて、夕飯の買い出しや昼食はどうするのか、と気を揉んでいるのだが、今日ばかりはThe Damnedばりにニートを極めているわたしと娘は、気のない素振りというか、YESともNOとも言えないみたいな、真剣に善処したいとは思っている的な、政治家の答弁みたいなことを二人して繰り返し、相変わらずソファでだらけていると、いいかげん、妻が激おこ。ひとりランチへ出かけ、本日は別行動となる。 わたしたちは、前日に買ってあった「バックギャモン」を出してきて、娘とルールを確認しながら熱中。その後、なんだかんだ腹が減ったので、ふたりで、Sへ。大人びたサンドウィッチとアイスを食べる。 09.29(月) 9月もラスト2Days。 「バッチリ準備しました